2005年11月29日
リンク>ブックマーク>RSS
RSS関係ネタ。RinRin王国の人が、
はてなブックマークを RSSリーダーで読む人って居る?
とか書いてますが、私ははてブはRSSリーダーで読んでますね。コメントが気になるときにだけ、webページにアクセスする。はてブの新規エントリーの大半はまあ、あまり興味のない記事なので、読み飛ばすぐらいが丁度いい感じです。
読むというか、サイト巡回するときの頻度とかの優先順位というのが何となくあります。タイトルにあるように、自分のサイトのリンク>ブラウザのブックマーク>RSSリーダーといった感じ。下に行けば行くほど、読み飛ばす頻度が増えるというか、まともに読まなくなる。まともに読みたいサイトはblogでも普通にブックマークをする。というか、逆に長らくRSSでしか見てないサイトとかもあります。
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2005年11月27日
『魔法少女沙枝 Vol.1』レビューアップ
『魔法少女沙枝 Vol.1』レビューアップしました。
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エルフェンリート最終巻
近くの本屋においてなかったのでようやく入手。表紙のコウタがやけに凛々しいのが笑える。追加部分の脱力具合が何ともよいですね。というか、いくらなんでもアレはどうなんでしょうか。アンナはともかく。最後の最後にわん太が大活躍ということで。
東京赤ずきん3巻
出てたので買ってきて読みました、3巻。今回分は変態度は低めですかね。ショタは相変わらず爆発ですが、表紙とか。あとはまあ、あまり面白くない話がさくさく進んでます。
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2005年11月26日
コラム更新。
コラムを少し更新。といっても、雑記等にアップした長文記事のうちのいくつかを載せただけです。
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『魔法少女沙枝 Vol.1』進行中
『魔法少女沙枝 Vol.1』(ミルフィーユ)進行中。ルールアンまでなので、一巻の半分ぐらいまでですか。バッドエンドが多いのはよろしいのではないかと思います。やはり触手は少ないみたい。
『NOISE』体験版公開
サイトが少し重いですが、CARMINEの新作『NOISE』の体験版が出ています。今回はたっちーチームじゃないので微妙なんですが、神崎絵だし、まあ注目。
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100usersは一行のかとゆー家断絶に如かない
geek の気持ちしかわからないのもつらいよねを見て思いついたネタ。もちろん、インスパイヤ元は芥川です、『珠嬬の言葉』。最近はてなブックマークのコメント欄がごく一部の暇人の間で問題になってましたが、まあ、うちはかとゆー家断絶もはてなブックマークもあまり関係がないので、はてブユーザーの自己弁護が笑えるとか、他山の火事状態で特に書くこともなし、といった感じ。まあ、どこにでもあることです。
追記(11/27):というか、他山の火事って何語だっつーの。対岸の火事ですね。他山の石と混ざってしまった。
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2005年11月25日
『魔法少女沙枝 Vol.1』開始
何か、某DLsite.comに普通に売ってたのでつい買ってしまいました、『魔法少女沙枝 Vol.1』。テキストは原作とは変わってますね。エロゲっぽい感じです。当たり前ですが。展開は基本的に原作どおりっぽい。
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『魔法少女アイ2 plus』予告
とうとうこの時が来てしまいました。colorsのサイトで『魔法少女アイ2 plus』の制作告知です。『アイ3』もやるつもりみたいですが、どうなることやら……
WINTERSとDL販売
WINTERSのサイトで、旧作のダウンロード販売が予告されています。そこらへんのメーカーならともかく、あのWINTERSがDL販売というのはあり得なさすぎです。
ネギま。
今回はナギ登場のみですね。毎回かなり詰め込んでくる赤松健にしては珍しく、大ゴマ連発です。ま、ようやくクライマックスということで。
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2005年11月23日
『Natural Another One 2nd †Belladonna†』、リンク集更新
『Natural Another One 2nd †Belladonna†』とリンク集の更新。リンク集は形式も弄りましたが、いくつか追加もあります。
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「オタクの聖地」について
というかですね、こういう記事。「広島を『オタクの聖地』にしたらどうか」 「広島アニメーション創発会議」が発足。なぜ広島、とかいうのもありますが、もう、ひっちゃかめっちゃかです、オタク界隈。それはそれとして、今週末は久しぶりに秋葉原巡礼を予定してます。
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殺しても殺してもよみがえってくる「作者」
作家―作品―読者の関係ということを考える場合、どこまで時代をさかのぼって書き始めればいいのかよく分からないとか、まあ色々あります。
とりあえず、中世ぐらいのヨーロッパにまでさかのぼってみましょう。このころは、作品というのは、社会的・宗教的な文脈で評価されていました。典型的なのは宗教画ですが、この作品は聖書の何とかのエピソードのキリストのステキさを上手く伝えている、とかまあそういう感じです。宗教・あるいは道徳とかそういう社会の構成員に共有されているイデオロギーがあって、その評価軸に沿って作品が評価される。社会・宗教的なコミュニティーによって芸術の正当性が担保されるのが、まあこの時代。
近代は個人主義ということで、そのような社会的・宗教的な価値観から芸術の価値観を自立させることが目指されました。ロマン主義の芸術観なんかは分かりやすいんですが、天才の作者が何か普遍的な真理みたいなものを発見して、それを作品という形で表現する。読者は作品を読むことで、作者が発見した普遍的な真理に至ろうとする。この場合、作品の評価は表現されていると目される主題によってなされます。この作品に表現されている人間は自然に比べると卑小だという主題はステキだ、とかそんな感じ。この場合、その主題の正当性は社会とか宗教を担保にしたりはしません。評価の基準は、芸術的な価値判断というやつです。ロマン主義とかその手の評価するための体系としてのイデオロギーがあって、それに基づいて評価する。
んで、現代。電波系レビュアーのためのLiterary Theory入門にも書きましたが、とりあえず、作者とやらはウザイので死ねということで、作品の評価を作者から自立させることになりました。近代的な芸術観だと、評価されているのはあくまで作者の思想とか美意識であって、作品そのものではない。ニュークリティシズムの人なんかは、「作者の意図を考慮する誤謬」とか何とかいって、作品を自立的なものとして評価するべきだ、といい始めます。
この、作者の意図なんか知ったことか、という考え方は、何となく乱暴っぽい雰囲気はありますが、それなりに正当性はあります。作者なんかの言うことは自己弁護ばかりで当てにならないし、作者の意図に読み方を決められてたまるか、というのもまああるんですが、それよりも問題なのは、作者の発言、というのはかなり重要だということです。何か当たり前のことを書いていますが、作者がこの作品の主題は不倫セックスは気持ちいいということだ、と言ったら、何となくそうに違いない、とか思ってしまう。作者は「作者である」というだけで作品に対して特権的に大きな影響力を持つわけです。だって、その作品を書いたのは作者ですから。あと、作者が自分の作品について最もよく知っているとは限らないというのもあります。フロイトの精神分析なんかは有名ですが、作者の意図していないもの、抑圧された欲望とか、が作品に表現されているというのは、まああるでしょう。
ということで、作者の意図なんか気にしないことにして、作品それ自体を分析しましょう、というのが基本になります。構造分析とかの流れはまあ基本的にこんな感じなんですが、それではやっぱり駄目なんじゃないか知らん、というか、そんなこと出来ないとか思う人も当然いる。
ドイツには、20世紀前半にはフッサールというオッサンがいて、現象学をやってたんですが、その流れで解釈学・受容美学というのが出てきます。解釈学の代表的な理論家であるガダマーは作者も読者も歴史的・社会的条件によって限定されているということを重視します。考えてみれば、というか考えなくても当たり前ですが、作者はある時代のある場所で作品を書く、そして読者はそれをある時代のある場所で読む。読者はそのときに自分の置かれている歴史的・社会的な条件のもたらす先入観の下でしかテクストを読むことが出来ない。まあ、ソ連崩壊後の今になって、いかにもマルクス主義っぽい文章を読むとアホっぽく見えるとか、そういう感じです。普通は、そういう先入観というのは唾棄すべきもので、先入観を取り除いて作品を読まなければならないとかいうわけですが、ガダマーはそうは言わない。先入観を持って作品を読む。そして、読者の先入観を覆すように作品が展開し、結果として読者の意識が更新される。こういうのを「期待の地平線」が更新されるとか呼んだりするんですが、要するに、作品を読み進むことで、読者の意識が進歩する、と。その働きを重視した。「期待の地平線」を更新するような作品がいわゆる文学であり、「期待の地平線」の枠に沿った作品がエンタテイメント、「期待の地平線」の枠内にある作品が糞。教養主義的というか糞真面目なドイツ人といった感じです。まあ、あまり意味不明に予想外の展開をしても読者はついていけませんから、読者の関心をひきつけるような仕掛けが必要。んで、この考え方から糞真面目さを抜いたらロラン・バルトの「テクストの快楽」になるわけです。
受容美学の代表的な理論家はイーザーとかいう人ですが、彼はテクストの内部に変数として作者と読者を導入します。イーザーは読者は自分の好き勝手にテクストを解釈することは、実は出来ないといいました。読者はテクストによってあらかじめ決められている読み筋をたどることでしか、テクストを読み進むことが出来ない。どのように書かれているかによって、どのように読むかが決まる。んで、どのように読むべきか、読者の視点を構造化するのは、もちろんテクストの書き手である作者。
私の意見を簡単に書いてしまうと、客観的な立場でテクストだけを取り出して読むことが出来る、とかいう考え方は、結局、時空を超越した普遍的な関係性に裏打ちされたロマン主義的な作者―読者観の焼き直し、というか亡霊なのではないでしょうかね。特権的な貴族主義はテリー・イーグルトンも指摘しているように、ロマン主義にもニュー・クリティシズムにも見出せる。そのへんは、結局、回避できない問題なのでしょう。なので、結局はテクストそのものも色々と相対化しつつ距離をとってテキトーに読むしかない、ということですかね。微妙な問題はまあありますが。
2005年11月21日
mixiのx匹めのどじょう
mixiクローンのSNSがなにやらボツボツと。Filn アキバ系ソーシャルネットワークサービス、オタク系SNS『オタバ』。前者がぽよよん・ろっくで後者がまゆら、ということで。今のところは自由に登録できるみたいなので、まあ好きにすればよろしいかと。両方とも登録する数寄者もいるみたいですが。
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しかし、「オタクエリート」は流石にいかがなものか
コンテンツ総合誌『オタクエリート』。衆議院選挙でぼろ負けした民主党の鳩山氏が表紙ということで。しかし、21世紀になって、エリートって、ねぇ……「プロ市民」みたいです。略してOEというのがまた、某メーラーを想起させていかにもアレそう。まあ、権力に取り込まれると芸術は概ねろくなことにならないというのは歴史が証明しているということで。
2005年11月19日
『AVキング』情報
elfのいかにもアレそうな新作『AVキング』の情報更新。あからさまにアレな感じだったので注目してなかったんですが、何と言うか、ALICESOFTが作りそうな作品ですね。
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2005年11月16日
『Natural Another One 2nd †Belladonna†』まだまだプレイ中
まだまだ『Natural Another One 2nd 〜Belladonna〜』(DreamSoft)プレイ中です。スキップスキップひたすらスキップ。8割ぐらいは埋まっているので、新しい展開が出てこないのがだるいですかね。
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ネギま。
妙に表情がエロい刹那、何気に凶悪な美空のアーティファクト、そしてココネとつなぎの回の癖に変に内容が濃い感じ。
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闇鍋状態になりつつあるGoogle
Google Analytics、Google Baseと新サービスが次々してますね、Google。昔ははマイナーで優秀な検索エンジンといった感じでしたが、最近は何が何やらよく分からんサービスの集合体になっています。まあ、それでも検索以外のサービスはどれだけ利用者がいるのかよく分かりませんが。
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2005年11月14日
『ゴア・スクリーミング・ショウ』体験版
『ゴア・スクリーミング・ショウ』(Black Cyc)の体験版が公開されています。とりあえず、音がでかくてびびりました。
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姫巫女紹介
げっちゅ屋に『姫巫女』(RaSeN)の情報が公開されています。大方の予想通り触手ばかり。浅賀葵の触手は商業では初めてかもしれませんが、まあ、同人ではおなじみということで。
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2005年11月13日
『Natural Another One 2nd †Belladonna†』進行中
相変わらず『Natural Another One 2nd 〜Belladonna〜』(DreamSoft)プレイ中。月末まで購入予定なしということで、まあのんびりやります。
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エロゲーADVの構造分析序説
何となく思いついたので書いてみる。ちなみに、タイトルはロラン・バルトの有名な『物語の構造分析序説』に準えただけなので、たいした意味はありません。
エロゲーADVの構造を考える際に、忘れてはならないのは選択肢の存在です。選択肢というのは厄介な存在で、選択肢を選ぶという過程を取らせることで、どちらを選ぶか考えさせるというかたちで、プレイヤーに感情移入を強制することが出来たり、重要な場面に選択肢を置くことで、プレイヤーに物語の展開を選ばせることが出来る。
しかし、選択肢には問題もあります。それは、プレイヤーはあらかじめ、どちらの選択肢も選ぶことが出来るということを知っている、ということです。当たり前ですが、例えば「妹と母親が連れ去られて、どちらを助けるか選ばなければならない」とかいう場面があったとする。主人公の立場からすれば、これは究極的な選択であるわけです。「Hunter×Hunter」ではないですが、選べないけれど選ばざるを得ない問い。しかし、プレイヤーからすれば、セーブをしておけば両方とも簡単に選べる選択肢の一つでしかない。それは、そういうことをするかどうか、というのとは別の次元であらかじめの了解事項として存在している。
ということで、本当に重要な選択肢、例えば主人公を後悔させたり、作品の展開を本質的に決定するような選択肢は、主人公に与えてはならないということになります。プレイヤーにとってはどうでもいい選択で主人公にあんまり後悔されると、プレイヤーと主人公の乖離が起こってしまう。それに、あらゆる場面で主人公に出っ張られると、どんな問題も回避されてしまう。JoJoのディアボロではないですが、あらかじめ未来が読めてしまうとずっと絶頂状態でいられるわけです。しかし、当然それでは物語にならない。こういう状況を回避するためには、たとえば本当に重要な場面では、選択肢を出さない、とかいう方法もありますが、こんなことをされると普通にプレイヤーはむかつきます。選択する場面で選択肢が出ないのも腹が立つし、そういう場面でこそ、選択肢はほしいものだ、というのもあるからです。
それならば、どうするのか。例えば、重要な選択は、ゲーム開始前時点では既に起こってしまっている、というのが考えられます。主人公はゲーム開始時の三年前に妹を見殺しにしていた、とかそういうのですね。既に終わってしまった、取り返しのできないことを用意しておく。これは、プレイヤーがどんな選択肢を選ぼうと、どうしようもない。泣きゲーに特有の延々と不幸自慢をするヒロインたち、というのもこれです。まあ、タイムマシンとかループする時間とかいう隠し兵器もありますが。
もうひとつとしては、主人公のいないところで選択が行われる、というパターン。主人公のことを惚れている女の子が二人いるとして、この二人が主人公のいないところで喧嘩をして片方がもう一人を脅して手を引かせてしまう、とかいうやつ。これも、主人公は介入できない。いないところで行われるので当たり前です。これも、主人公の行動を操作することで、女の子二人の喧嘩を阻止する、ということもありはします。
エロゲーADVで重要なこととしては、他に、プレイヤーの視点が語り手の視点に固定されているというのがあります。そのため、エロゲーADVは大体が語り手の、しかも物語内容の時間と物語言説の時間がほぼ一対一に対応するモノローグになる。物語内容の時間というのは、実際に作品内で進んでいる時間のことです。しかし、物語は普通そのままの順番では語られない。途中から語って後で最初のほうを語りなおしたり、テキトーに会話とかをかいつまんで書いたり、ごっそり記述が抜けたりする。そういう語りの時間を物語言説の時間と呼んだりします。物語内容の時間と物語言説の時間がほぼ一対一に対応するというのは要するに、起こったことをそのままの順番でありのままに書く、ということですね。他愛のないどうでもいい会話でも、そのまま再現させる。
これは、キャラクター性とか萌えとかいうやつを表現するにはうってつけの形式ではあるわけですが、欠点もあります。例えば、こういうモノローグはだらだらと一本道で続くので、入り組んだ時間軸の表現が難しい、というか、そういうような語りを語り手が取ることが出来ない。エロゲーADVになぜかループモノが多いのも、実はこの辺に原因のひとつがあるわけです。入り組んだ時間軸を表現するためには、物語の構造自体を弄らざるを得ない。だから、語り手の思考ではなくて、世界自体がループする。また、回想が入ったとしても、回想においてもプレイヤーは語り手のモノローグに付き合うことになるので、自然と回想は長くなりがち。
また同様に、入り組んだ人間関係を表現することも難しいです。三人称小説なんかだと、語り手は登場人物の心理に好き勝手に入っていきますが、エロゲーADVではプレイヤーと語り手は一蓮托生です。そのため、複数人の心理を描くためにはそのたびに語り手を変えざるを得ず、頻繁にされるとうっとうしくてしょうがない。
んで、結論としては、エロゲーADVらしいエロゲーADVというのは「既に起こってしまった事件の解決が主人公のいないところで成されるという展開を持ち、狭い人間関係のだらだらした一本道の話がループや長々とした回想を含みつつ構成される物語」であり、このような典型的なエロゲーADVには既に五年ほど前に『Air』という名が与えられている、ということになります。
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印象批評と批評理論
かーずSPから豪快! 伊勢エビジュース!: レビューサイトという記事。この人は、例えばエロゲーレビューサイト管理人は毎日一日中エロゲーをしているとでも思ってるのでしょうかね。もちろん、そんなことは全くないわけですが。
批評には大体二種類、いわゆる印象批評というやつと、理論に基づいた批評というやつがあります。普通は、素人主義の印象批評よりも、理論重視の批評の方が難解で教養が必要でえらそうだ、とかいう風に思ったりしますが、実は、これは事実とは異なります。
批評の正当性、というやつについて考えて見ましょう。なぜ、その人の書いた批評を信用することが出来るのか、という問題です。印象批評においては、その正当性は批評家の経験によって担保されます。つまり、面白い作品を発掘しているとか、感性が合うとか、それに応じて批評家の書くことを信用したりしなかったりする。そのような経験を担保として使うためには、相当数の作品を評価する必要があります。つまり、沢山の作品を評価している人だから信用できる、というやつです。これは、つまるところ教養主義です。沢山勉強したやつが偉い。
一方、理論に基づいた批評の場合、その批評の正当性はもちろん理論が担保することになります。その理論に賛成できるとか出来ないとかによって、批評への賛否が決まる。あまりにも作品の評価が少ない場合は別ですが、この立場の場合、評価の数は正当性に基本的に関係ありません。
この理屈については、文学の批評の展開をみれば分かりやすいでしょう。印象批評の大家といえば、ウォルター・ペイターとか小林秀雄とかですが、どいつも古典から同時代の作品まで読み込む恐るべき教養の持ち主です。現代の文学理論家ももちろん全く読んでないということはないですが、教養の権化ではない。理論に基づく批評は理論さえあれば出来るが、印象批評はそうはいかない。逆に言えば、ろくに教養のない批評家が、不勉強を言い訳としつつ印象批評をしても話にならない、という話。
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2005年11月12日
『Natural Another One 2nd †Belladonna†』プレイ中
無駄にボリュームが多くなかなか進まない『Natural Another One 2nd 〜Belladonna〜』(DreamSoft)。公式サイトに某キャラの壁紙が上がっていますので、ぜひ使ってみましょう。
ネギま。
あいも変わらず読んでるほうが恥ずかしいぐらいのベタな展開。しかし、こんなにばらしまくってどう収拾するんでしょうかね。
ハイロウズ活動休止
ザ・ハイロウズが活動休止を発表という記事。何気にファンだったので結構ショック。
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叙事詩・ロマンス・小説
最近は温故知新でもないですが、ホメロスが書いたということになっている『イリアス』を読んでいます。内容的には誰でも知っているように、トロイ戦争を舞台とした作品で、英雄連中がひたすらに戦闘を続け、殺し合いまくり、ゼウスをはじめとする神々がちょっかいを出したり出さなかったりする、という話。『オデュッセイア』は学生のころに読んでいたので、似たようなものだろうとか思ってはいたんですが、これが全然違う。『イリアス』には日常的な場面は全然なくて、ひたすら戦闘、槍で頭を貫いて脳漿が撒き散らされたとか、矢が御者の胸に突き刺さって馬から転落して死んだとか、そんな場面が延々と続く。
『イリアス』に代表されるような叙事詩の主人公は、基本的に英雄です。といっても、誰が『イリアス』の主人公なのか、アキレウスか、ヘクトルか、アガメムノンか、とか、まあありますが、それはそれとして、叙事詩の登場人物は半分神様だったりする人知を越える英雄ばかりです。それからだいぶ時代が下って、中世ぐらいになると、そんな英雄なんか当然どこにもいないので、もう少し身近なキャラを主人公にしましょう、ということで、騎士道小説などのロマンスが生まれます。これらの作品の主題は冒険と恋愛。かっこいい騎士が冒険して、いいところの貴婦人に愛をささやくとか、そういう感じ。
さらに時代が下ると、ロマンスに出てくるような騎士とか恋愛譚なんかどこにもありはしない、ということで、馬鹿にするような擦れた作家が出てくる。セルバンテスとか、ジェーン・オースティンですね。これがいわゆる近代小説というやつです。近代小説ではかっこいい冒険などは扱われず、現実社会とそこで生活する人間の物語が主題となる。ただ、それでもどこにでもいる普通のオッサンとか主人公にしてもつまらないので、かわいい女の子が不倫をしたり娼婦になったりするわけです。
こうしてみてみると、登場人物の人間の程度がどんどん下がっているというか下世話になっているというかろくでなしになっているといった感じはします。
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2005年11月10日
『姦禁』また延期
『姦禁 〜18の穴 もう注ぎこまないで〜』(KLEINシロップ)また発売延期。ついに年越しです。『絶望』の人が原画なのでいやな予感はしていましたが、さすがに来年になるとは思わず。
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アクトレス解散
アクトレスがお亡くなりになるという話。そんなにというか全然好きだったメーカーではありませんが、かなりの古参メーカーですから、それなりにショックではあります。
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クレイモア
とりあえず戦闘終了、ですが、死者ゼロはちょっと予想外。あと、筋肉の正体も予想外。
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現代版家内制手工業
人力で解決--アマゾン、ソフトウェアの苦手作業を代行するサービスを開始という記事。何ともコメントしづらいというか、微妙な記事ではありますが、まあ、暇な人はがんばってください。
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2005年11月08日
『Natural Another One 2nd †Belladonna†』進行中
『Natural Another One 2nd 〜Belladonna〜』(DreamSoft)進行中です。凄いことは凄いですが、まあ思っていたほどではないですね。案外怖くない。某キャラは確かにかなりヤバイ。そしてメイドは狙いすぎ。
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毎日更新するには毎日更新できるネタがあればよい
駄文にゅうすのサイト運営の処方箋 †ネタ切れ・更新嫌々病、その発病及び傾向と対策に関する考察リンク集†という特集記事。まあ、ネタ切れというのは普通にあるわけですが、毎日更新したければ、毎日更新できるネタがあればいいわけです。毎日何らかの情報が出てくるものについて書く。finalventの日記がやっているような新聞の社説について、とか。んで、面白そうなネタが見つかったときは、それも一緒に書く。つまり、更新部分を、毎日必ず更新する、簡単に更新できるパートと、それ以外のパートに分けて運営すればよし。
うちのサイトで、毎週「雑記」においてネギま。の一言感想を書いているのも、まあ、そういう方法のうちに入るわけです。必ず毎週ひとつは定期的に更新するネタがある、と。こういう方法の利点としては、長期間の更新停止→めんどくさくなってサイト閉鎖といった事態に陥りづらくなるということがあります。
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イーヤマが民事再生
イーヤマ、民事再生手続きを申し立てという記事。低価格帯のディスプレイで有名なところでしたが、民事再生ですか。びっくりです。
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フランスで暴動続く
外出禁止令権限を知事に 仏暴動、強権発動へという記事。フランスはかなりえらいことになってますね。ここまでの規模になるとは思いませんでした。フランスといえば革命の国といった感じですから、まあむべなるかなというのはあります。ヨーロッパではドイツなんかも移民がかなり大きな社会問題になっていますが、やはり飛び火したりしますかね。
19世紀のフランスにフロベールという作家がいるんですが、二月革命を題材にして『感情教育』という小説を書いている。フレデリックという若い男とアルヌー夫人の恋愛というか、精神的な駆け引きを軸としながら、革命期フランスの社会を醒めた、突き放した視点から描き出す作品。フロベールといえば『ボヴァリー夫人』がリアリズム文学および19世紀文学の最高傑作として有名ですが、この作品も『ボヴァリー夫人』同様、姦通を主題にしています。
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2005年11月06日
『凌姫II』レビュー
『凌姫II』レビューアップしました。
『Natural Another One 2nd †Belladonna†』プレー開始
色々と噂の『Natural Another One 2nd 〜Belladonna〜』(DreamSoft)プレー開始してます。エロはとりあえずCGの使い回しが多くて尺が短く隠語を吐かせるいつものNaturalの作り。話はようやく動き出した感じなので、まだ何とも。
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ネギま。
ふとももー、といった感じ。あとはザジの後ろの有象無象が……
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ヘルシング
読みました。少佐がようやく動くということで。アンデルセンはわけ分からないことになってますが。
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2005年11月03日
『凌姫II』だいたい終わり
『凌姫II〜妖しく蠢く淫謀の円舞曲〜』(Psy-chs)ほぼ終了です。明日か明後日にはレビューアップします。組体操ハーレムが健在だったのだけですかね、面白かったのは。あとは、前作との関係とかぐらいか。内容は正直いまいち。
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いつの間にか発売中の『対ノ日』
inspireの新作『対ノ日』がいつの間にか発売中みたいです。とらのあなには普通に入ってるみたいなので、今週末にでも買いに行きます。というか、同人ソフトはいつの間にか出てることが多いので結構あわてるというか、びっくりすることがありますね。
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へんてこCGI
Tropy(とろぴぃ)というCGIを作りましたという記事。詳細は上記のページを見ていただければいいわけですが、面白いといえば面白い。どのようなサイトで使えばいいのかいまいちよく分かりませんが。
昔々、マラルメとかいう詩人がフランスにいたんですが、彼は世界そのものとしての書物、絶対的な書物ということを考えました。世界を凝縮してひとつの書物の中に閉じ込めてしまいたいという詩人の不遜な欲望ですな。それは超越的なものへと常に拡散していくテクストであり、書くという行為・エクリチュールを根本的に問い続けるテクストとして成立する。ということで、後期のマラルメの詩は『イジチュール』にしろ『骰子一擲』にしろ絶望的な難しさを誇っています。んでその究極的な、すべてのことが書き込まれているような現代の聖書を作るという試みは、『フィネガンズ・ウェイク』や『バベルの図書館』といった現代の最もラディカルな作品群に引き継がれている。
最近では、Googleの中の人とかが似たようなことをやっている感じはしますが、まあ、詩人の欲望と比べたら普通な感じではありますね。検索エンジンが作るのは結局巨大なインデックスでしかない。というか、究極の書物みたいになったら使いづらくて仕方がないというか、使い物にならないので当たり前なんですが。
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2005年11月01日
『Fate/hollow ataraxia』レビューアップ
『Fate/hollow ataraxia』レビューアップしました。まあ、普通のファンディスクということで。とりあえず、すっかり忘れていたアワーズを買いにいかねば。
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『凌姫II』プレイ中
『凌姫II〜妖しく蠢く淫謀の円舞曲〜』(Psy-chs)始めてます。プロスパーが多くて微妙。というか、ここのゲームはいつもこんな感じですね、物足りない。
ところで、今日、午前2時から午前4時ぐらいにかけて、「プロスパーの刑」でgoogle検索してうちのサイトに来た人が50人くらいいたわけですが、どこかに「プロスパーの刑」のgoogleの検索結果あたりが貼られていたりしたんでしょうか。規模を考えるとまあ2chの大き目のスレっぽいですが。
日本アマゾンでも立ち読み開始
事前に本の中身をチェック Amazon.co.jp、書籍全文検索を開始という記事。まあ、アメリカのアマゾンなんかには以前からありましたが、日本でもとうとう導入ということで。
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ポルノの不当表示で訴える女性
ポルノでも不当表示はダメ=露骨さ足りず、業者に罰金†英という記事。訴えたのが女性だと言うのが、まあ笑うところなわけですが、出来ればというか、こちらの名前さえ出なければ訴えたい作品やエロゲーメーカーがひとつやふたつやみっつやよっつぐらいは誰でも思い浮かぶのではないでしょうかね。私は思い浮かべてみるだけで頭が痛くなりそうですが。
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