2006年02月28日
とりあえず『螺旋回廊』でもやることにした
昨日の続きというか。『マブラヴ』はとりあえず週末に買いに行くことにして、『螺旋回廊』でもやるか、と思いつきプレイ中。というか、昨日文章を書いていて、やたら『螺旋回廊』をプレイしたくなったので。
実際のところ、『螺旋回廊』はWindows XPではまともにプレイ出来ません。ageのサイトにあるRUGPを使うと一応XPでも動くようになりますが、それでも実は動作は安定しない。頻繁にハングアップしやがります。そのため、OSをXPに変えてからは『螺旋回廊』をプレイすることはありませんでした。
んで、ハングアップの山を乗り越えつつ『螺旋回廊』をプレイしているわけですが、やはり非常に面白い。ダイヤルアップのころの話ですから、今から見ると古いところもありますし、シーン回想がないとかシステム的にも洗練されていないところはある。しかし、ループモノのADVとしては、ほとんど完成された水準であるといえるでしょうし、エロもよい。
『螺旋回廊』は、マルチサイトの質の高いサスペンスではありますが、ポリバケツとかチューブ連結みたいなCGのインパクトというのが印象に強く残る作品でもあります。赤鼻のトナカイとかスキャンダラスな要素もこの作品の本質的な部分であり、そういう俗悪で醜悪な人間の側面は、規制に引っかからない程度に表現されている。
『螺旋回廊』のWindows XP対応版とか出ないですかね……いまは、入手難ですし、プレミアもついている。どうせなら猟奇も含めてリメイクして欲しいところですが、なかなか難しいでしょうね。
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『幻燐の姫将軍2アペンドディスク』ダウンロード販売へ
長らく入手難になっていた『幻燐の姫将軍2アペンドディスク』(エウシュリー)のダウンロード販売が開始されるとのこと。まあ、ぶっちゃけ遅すぎるという気もしないではないですが、まだ入手していない人は購入してみるとよろしいかと。
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2006年02月27日
『逸脱2006』タイトル募集
「俺は射精した」であまりにも有名な変態調教ゲーム『逸脱』の続編『逸脱2006』(スカラドギ)のタイトルが募集されています。今回も嘘屋佐々木酒人がシナリオなので、変態ゲーなのは違いないでしょうが、「濡れ場」のところにスカトロがないのが気になる……
ageの底知れない健全さ
えーと、ageの新作『マブラヴ オルタネイティヴ』が何か凄まじいことになっているという話。内容的には独り言以外の何かのプレイするつもりがない人向け 『マブラヴ オルタネイティヴ』 概要参照のこと。
まあ、予告なくヒロインがことごとく惨殺されたぐらいで日和られても色々と困るとかありはするんですが、『螺旋回廊』のころのageならともかく、今のageが無茶苦茶やったのは確かに意外ですし、かなりびっくりします。
これが、『3days』みたいな、グロを売りにするシナリオゲーだったら話は別というか、むしろ美味しい役回りといった感じです。あるいは、Overflowみたいなメーカーの作品の場合も、まあ、Overflowだしね、で済む話。しかし、ageは今や押しも押されぬトップメーカーですし、グロで話題づくりをする必要もないほどに『オルタ』は話題作であったわけです。そのため、グロを入れた理由は単に入れたかったというか入れる必要を感じたからというのに他ならず、おそらく「『螺旋回廊2』ではごまかさざるを得なかったけど、今度はちゃんと描写できるしラッキー」ぐらいの気分であったに違いない、と。
考えてみれば、ageほどプレイヤーの期待を裏切ることが好きなメーカーも他にないわけです。私がageの作品を初めてプレーしたのは『螺旋回廊』ですが、この作品に、当時私が非常に衝撃を受けたこういうシーンがあります。主人公の教え子でしたっけね、ヒロインが悪い連中に、まあ、さらわれる訳です。一周目なんかだと、飲み会に行った後、ヒロインをそのまま家に帰す。彼女はその後、悪い連中にさらわれレイプされ、精神崩壊。んで、特定の条件を満たすと、その飲み会のあとのシーンで選択肢が出るんですよね。そのまま家に帰すか、自分の部屋に誘うか。普通は、これで自分の部屋に誘えば、さらわれてレイプされる展開は回避できる、と考えるわけです。実際、私は彼女に関してはとりあえず救えたとその段階では考えていました。しかし、ご存知の通り、ヒロインを部屋に誘うと、主人公と彼女は一夜を共にするんですが、翌朝、今度は二人まとめて悪い連中にさらわれ、主人公の目の前で彼女は薬を使って堕とされる。あらかじめ分かっていればどうってことの無い展開ですが、私は完全に予想を覆され、製作者のキャラクターへの残酷さに衝撃を受けました、当時は。
あるいは、『君が望む永遠』でも、主人公のへたれ孝之はプレイヤーの期待を裏切りまくりです。というか、彼は実際ほとんど何もしません。だからといって、プレイヤーが選ぶ選択肢がフラグ付けのための条件でしかなかったのかというとそうではなくて、むしろプレイヤーの選ぶ選択肢はヒロインたちの行動に影響を与える形で機能していた。この作品は主人公を中心とする三角関係の話ですから、孝之が行動的だとすぐ話が終わってしまう。『君望』は主人公を止めることで、ヒロインたちの心理の動きに焦点を当てた。あとは、まあマナマナとかもありましたが、これは同時期に制作していた『螺旋2』の影響ということで。
エロゲー業界は萌えへの過剰最適化が進んでいるので、このageの変わらなさ、健全さはそれなりに特異です。あとは、鬼畜人タムーに鬼畜ゲーを作らせてストレス発散させないのが悪い。
ということで、『オルタ』が気になっているという話なんですが、『オルタ』をプレイするためにはまず『マブラヴ』からプレイしなければならず、明らかにめんどくさい。とりあえず3月は月末まで購入予定が無いので、気が向いたら買ってみる方向で。
2006年02月26日
『ネコっかわいがり!』レビューアップ
『ネコっかわいがり!』レビューアップしました。これはかなり凄い作品でした。色々な意味で。ネタバレしたくて仕方が無かったんですが、その辺は我慢、で。バラしたほうが面白かったんですが、やはりこれは書かないほうがいいだろう、ということで。AmazonのUYE!氏のレビューは完璧釣りなので注意してください。何が「てか、“ネコミミ”であることが気にならない作品です。いや、マジで。/最後は、ちょっぴりカンドーなんかしたりして…」だっつーの。全然違うし!! いや、かなり良作なのでお奨めです、実際のところ。
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2006年02月25日
というか、すっかり忘れてた。
駿河電力/スク水.jpから突っ込み。
というか、ナース肉体改造カルテなんてえらいプレミアついとるぞ
これ、完璧に忘れてました。パッケージ版はあっという間に回収されてましたね……今は、ダウンロード版が安価に、というか2800円で入手できるようになっているので、補足して書いておきました。
それはそれとして、今週分のエロゲーは予告どおり『ネコっかわいがり!〜クレインイヌネコ病院診療中〜』(13cm)購入済みです。
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2006年02月24日
『凌辱エロゲー初心者のためのお奨め作品』作成
『凌辱エロゲー初心者のためのお奨め作品』というのを作ってみました。"えろげヲタを自称する者なら必ずプレイすべき基礎教養的タイトルを集約する試み(仮)" とか見ていて、凌辱ゲーがひとつも無いじゃねーか、氏ね。とか、思ってたんですが、まあ、呪い殺すのもあまり生産的ではないので、自分で作ってみました。
『ディープ・ボディ』紹介
トップの一行掲示板に書いて、紹介していなかったのを思い出す。AILチーム・ラヴリスの新作の情報がげっちゅ屋に来ています。『ディープ・ボディ〜変態淫具奴隷調教遊戯〜』という作品。何か、乳首がものすごいことになってるんですが。
2006年02月23日
『姦禁』レビューアップ
『姦禁』レビューアップしました。実際のところ、凡作ではありません。
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トラックバックスパマーはむっつりスケベである、という説
いや、ekken♂:「トラックバックありがとう」が並んだブログは、スパマーのブログかもしれないという記事を見て、そういえば昔、「相互リンクありがとうございます!」という書き込みが掲示板に並んでいるサイトがあったなぁ、というのを思い出し、その「相互リンクありがとうございます!」という書き込みが主に女性から成されていたのをさらに思い出し、そしてサイト管理者があからさまに男性であったことを思い出し、相互リンク依頼をして回ったサイト管理者の下心が透けて見えるのがほほえましかったことを最終的に思い出したというそれだけの話。
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2006年02月20日
エロゲーの本質
といってもたいした話でもなくHotwiredの「アダルトゲーム」をテーマにした会議が開催へという記事。萌え萌え言ってるだけの類や、18禁市場に寄生しているだけのくせに肥え太った寄生虫メーカーが跋扈する日本と違い、異様なまでに真面目な態度。
「基本的に、ゲーム業界はセックス――およびそれに関連する、恋愛、浮気、性的暗示、欲望といったトピック――のゲーム内における扱い方を、より洗練させる必要がある」とデラ・ロッカ氏。
ま、当たり前といえば当たり前の主張ですが、アダルトゲームが扱うべき主題について、極めて本質的な指摘かと。
茨木のり子逝去
自立した知性で見つめた戦後日本、茨木のり子さん死去 : 文化 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)という記事。詩人の茨木のり子が亡くなりました。教科書とかで見たことがある人も多いでしょうが、日本の現代詩を代表する詩人でした。
2006年02月19日
『姦禁』進行中
やはり進行中『姦禁 〜18の穴 もう注ぎこまないで〜』(KLEINシロップ)。三人目はロリ。しかし、監禁中ずっとスク水というのは色々と大変ですね。ここまでのところ、というか、大体内容的にはこれ以上どんでん返しは無いと思いますが、そんなに電波な話でもなく。
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萌え絵についてのエトセトラ
というか、最近ちまちまコレ系のネタをはてなで見てましたが、FIFTH EDITION: 萌え絵についてが一番納得いったというか、面白かったという、それだけの話。
2006年02月18日
必死なエロゲー業界
Amazon.co.jpの『ネコっかわいがり!~クレインイヌネコ病院診療中~』の紹介ページでテストプレイした社員が自作自演しています、発売一週間以上前なのに。エロゲーは極端な初動中心の市場ですから、発売前から色々と盛り上げたいところでしょうが、流石にこれは必死すぎ。13cmも大変なんでしょうか……
必死なレコード業界
「iPodへのCDリッピングは公正使用にあらず」とレコード業界とかオリコン、音楽配信のアフィリエイトを6月開始へ--「9月には5億PVのサイトに」といった記事。前者はいつものアレなのでまあいいとして、音楽配信のアフィリエイトというのはなかなか微妙ですね。おそらく単価が安いので、貼っても儲からなさそうです。
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2006年02月17日
『姦禁』プレイ中
『姦禁 〜18の穴 もう注ぎこまないで〜』(KLEINシロップ)プレイ中。二人目はアイドルですが、やはり抜きゲーとしては悪くない出来。これでシステムがマシなら評価できたものを。あと何気に、お嬢様がメインヒロインだったみたいです……
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死ねない「作者」は登場人物の中に埋もれる
コントロールできる作品がつまらない件について。という記事。まあ、作り出したキャラクターは子供みたいなものだとかいう人は、たまにいます。んで、かわいい子なので凌辱とかひどい眼にはあわせられないとか、殴り倒したくなることをいう類も。
この手のネタで、お約束なのがミハイル・バフチンのポリフォニー論というやつです。バフチンはロシアの文芸批評家で、ちょうどフォルマリストの一世代後の人ですね。なので、彼らの形式主義とか言語学的な傾向を批判的な形で受け継いでいる。
彼の主著のひとつに『ドストエフスキーの詩学』というのがあります。ちくま学芸文庫に入っているので、それなりに入手しやすい。内容としては、作中時間が短く非常に緊密であるとか、主人公の分身のような登場人物が出るとかいったような、ドストエフスキーの話の作り方を、対話的=ポリフォニー的というキーワードで捉える、という感じ。
一般的に、ドストエフスキーは非常に思想的な小説を書く人だと思われています。19世紀最大の思想家だとか、言われる。ラスコーリニコフとかスタブローギンとか「大審問官」だとか、それらしい場面は確かにドストエフスキーの小説にはいやというほどあふれている。しかし、ドストエフスキーは特定の人物の思想にプライオリティをおいていない、ということをバフチンは指摘します。つまり、ラスコーリニコフにしろスタブローギンにしろ、その思想はスヴィドリガイノフとかキリーロフによって相対化されている。その有様は、例えば作品の主題を「作者」として滔々と語ってしまうトルストイのようなタイプとは全く異なったものです。支配的なイデオロギーは存在しない。
普通、異なった思想を持つ異なった階級の人が出くわし会話をするということはありません。貴族がそこらへんの乞食と対話したり、インテリ大学生がアル中オヤジと対話したりという事態は起こらない。当時のロシアは貴族制度があり、しばらく前までは農奴制もあったわけで、現在の日本などよりも、その断絶は大きかった。まあ、イデオロギーの坩堝になっている現代日本のインターネットも、テクノロジー的に住み分けの進む閉塞空間ですが。それはそれとして、ドストエフスキーは、様々な人間がひとつのところに集まり、互いに激しく議論せざるを得ないような状況をほとんど強引に作り出す。その現われが、彼の小説に特有の、異様なまでに圧縮された場所と時間なわけです。
それぞれの登場人物、そして彼らが代表するイデオロギーが、互いに対等の立場に置かれながら議論の対象とされる。それは、作者のイデオロギーですら例外ではない。そうバフチンは指摘します。つまり、ドストエフスキーは思想を開陳する小説を書いたのではなく、複数の思想がぶつかり合い、それぞれの深層を暴露しあう場所を提示する小説を書いたのだ、ということです。それがいわゆるポリフォニー=多声的というやつです。バルザック的な類型的人物造型とフロベール的なリアリズム、そして20世紀小説的な心理分析の作家ドストエフスキー。
まあ、普通に考えると、ポリフォニーとかいっても、作品の登場人物は作者が考えた作り物なんだから、作者の価値観から独立した存在ではあり得ないだろうとか、逆に、どんな作品の登場人物だってある程度は独立した存在であるだろう、というのはあります。
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2006年02月16日
1行掲示板設置、コラム更新
1行掲示板をトップに設置しました。暇な人は使ってください。というか、掲示板というのが懐かしいというかそういう感じです。あと、臥猫堂のひととMarginalのひとがうちのサイトを見て『嵐が丘』を買ったというのを見て、うれしかったので。んで、そのついでに、コラムも更新。archiveのページもそろそろ整理したほうがよさそうですが、そのへんは後回し。
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『肛内浸襲』情報ページ
『肛内浸襲』(ASS)の情報ページが出来ています。product.co.jpなのでVisualArts系のアナル専門ブランドということなんでしょうか。ブランド名がassですからね。
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2006年02月15日
改革し続けるAmazon
アマゾン、今春から直接仕入れで委託販売・迅速に配達という記事。「専門書など品ぞろえの拡充」というのはありがたいですかね。アマゾンは専門書関係はかなり弱いので、楽しみです。
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フィクションについて
Something Orangeの記事が名文。読むべし。
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2006年02月14日
『姦禁』進行中
『姦禁 〜18の穴 もう注ぎこまないで〜』(KLEINシロップ)進行中。お嬢様は終わり。内容的には悪くは無いというか、オーソドックスな調教モノです。ただ、何かスキップの既読・未読判定が存在しない気がするんですが……
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『マエバリ帝国の逆襲』情報
『マエバリ帝国の逆襲』(ArkShell)の情報ページ出来てます。和馬村正が原画ということで、『裸エプロン学園』のせいでこの手のアホゲーの原画を担当することになったんでしょうか。あとはまあ、塗りが違うだけでやはり全然印象が違う。
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2006年02月13日
スカイソフトまた流出発覚
スカイソフトの顧客情報流出、再調査で新たに9,000件の流出が判明という記事。またかよ、といった感じですが、うちには今度は連絡来てませんね。今回の分では漏れなかったんでしょうか。
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表記のゆれと検索エンジン
表記の揺れはアクセスアップを誘う!?という記事を読んで思い出した話。
しばらく前に、100usersは一行のかとゆー家断絶に如かないという記事を書きました。「かとゆー」が「カトゆー」じゃないのは、別に狙ったものでは全くなく、単にネタを思いついて書いただけの記事だったので、変換がめんどくさかったというのでもなく、単に忘れてただけでした。それで、しばらくすると、やたら「かとゆー」という検索ワードで見に来る人が出てきた。というか、いきなり20人ぐらいが「かとゆー」で来ていた。なんじゃらほい、と思いつつ確認すると、googleで「かとゆー」と検索すると、例のページが2番か3番くらいに出てきてたんですよね。今ではそんなに上のほうに入ってませんが。そういう話。
あと、個人的に気にかけていることとしては、エロゲーレビューのページの作品のタイトル。最初のころは、サブタイトルは全然入れてなかったんですが、いつ頃からか忘れましたが、今では入れるようにしています。サブタイトルで検索する人がいるのではないか、と思うからですね。実際、サブタイトル込みで検索してくる人は案外います。
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アダルトDVDにおけるトークの存在価値と恋愛の虚構性の相関
ARTIFACT@ハテナ系 - 三次元ポルノと二次元ポルノの違いという記事の、こういう一節を読んで思いついたというか、前から疑問に思っていたこと。
二次元ポルノを好む層は、抜きアイテムとしてだけではなく、フィクションの恋愛も楽しみたいと考えている。しかし、恋愛を楽しめる話が供給されているのは、ほぼ二次元ポルノに特化されているため、二次元ポルノを好むのではないか。三次元ポルノにおいて、登場する女性は、容姿や体型のみが重視され、内面はないことになっている。これでは、恋愛を楽しもうにも楽しめない。
アダルトDVDなんかでは、最初に女優のインタビューというかトークが入ってたりします。私は前から、何でこんなものが入ってるんだろう、と思いつつ見ずに飛ばしてました。トークが入っている理由を考えると、kanose氏の「三次元ポルノにおいて、登場する女性は、容姿や体型のみが重視され、内面はないことになっている。」という話は胡散臭いのではないか、ということになる。女優のトークは、端的にアダルトDVDの視聴者に女優の内面を読み込ませるための仕掛けであるからです。どれだけの人間が飛ばさずに見ているのかは疑問ですが。
まあ、恋愛ゲームとアダルトDVDでは虚構化というか感情移入の位相が違うのでしょう。二次元ポルノ、というか恋愛ゲームの系譜がプレイヤー=主人公という擬制を前提として主人公とヒロインの恋愛を描くのに対して、アダルトDVDでは視聴者と女優の関係性において恋愛の幻想を抱かせようとする。何となく、アイドルとファンの関係に近いですが、というか、そのまんまですが。
2006年02月12日
『姦禁』開始
パッチが出たので『姦禁 〜18の穴 もう注ぎこまないで〜』(KLEINシロップ)を開始。お嬢様から始めています。今作も何となく電波な展開になりそうな雰囲気がそこかしこにあります。
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『魔法天使ミサキ2』デスパイア募集
『魔法天使ミサキ2』(RaSeN)のデスパイアが募集されています。今から募集ということは、発売は夏以降なんでしょうか。まだ紹介ページも出来ないし、いろいろとやきもきしてしまいます。
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2006年02月11日
『レイプ!レイプ!レイプ!』レビューアップ
『レイプ!レイプ!レイプ!』レビューアップしました。普通に良作。好評価連発ですが、つぎはとうとう『姦禁』なので、どうなることやら。
経路分析から見るSEOとロングテールの抜き差しならぬ関係
ひぐらしかたり裏、下。を見てて、やはりニュースサイト経由のアクセスだとvisitorあたりのpage viewが少ないなぁ、とか思ってたんですが。たしか、うちがニュー速の爆撃で4000visitorsぐらい行ったときもそんな感じでした。普段、うちは大体visitor数の4倍ちょっとpage viewがあります。まあ、トップページに記事が並ぶblogとうちみたいなサイトではvisitorあたりのpage viewに違いがあるのは当たり前といえば当たり前です。
アクセス解析ソフトはかなり高額なものが多いので、基本的には無料のものを使いつつ、たまに体験版とか見つけて使ってみたりして遊んでるんですが、最近見つけたClickFlowというソフトが面白い。やはり高額なので、私は無料版を使用。apacheのログを読み込ませることが出来ます。
どんなものかというと、いわゆる経路分析をするソフト。どのサイトから来て、どのページを見て、出て行ったのか。そういうことを調べる。無料版では機能は制限されていますが、それでもなかなか興味深いデータが出ています。
リンク元ごとの閲覧者の行動のパターンを見ることが出来るんですが、当然のように、どういうタイプのサイトから飛んでくるかによって、行動のタイプが異なる。X-NaviとかErogame Scapeから来る人は、基本的に新作しか見ない。ブックマークから来る人も基本的に新作と雑記しか見ない。というか、雑記はブックマーク以外の人は全然見てない。一方で、googleとかYahooの検索エンジンから来る人は、新作にはあまり関心が無い。個人サイトのリンク集経由の客も、新作にはあまり集中しない。
検索エンジンから来る人でも大雑把にいうと、2パターンぐらいあります。検索ワードと閲覧ページの対応関係を見ると、「エロゲー」とか「18禁ゲーム」といった単語で見に来る人は、特定のレビューにアクセスが集中していない。あと、サイトを満遍なく見て回るケースが多い。逆に作品タイトルなんかで見に来る人は、目的のページ以外はほとんど見ない。このへんは、前からvisitorあたりのpage viewを見て感じていたことと大体一致しています。「エロゲー」では5ページくらい、「18禁ゲーム」にいたっては8ページくらい一人当たり平均で見てますが、「淫妖蟲」なんかでは2ページぐらいしか見ていない。
いわゆるSEOとかいうやつでは、ビッグワード、スモールワードということをよくいいます。ビッグワードというのは、「エロゲー」とか「18禁ゲーム」といったようなジャンルを指すような単語が多いんですが、要するに指し示す範囲が広く、それゆえに検索される回数が多い、ただしその分ライバルも多い単語。スモールワードというのは、作品タイトルのような指し示す範囲が狭く検索回数も少ないが、ディープな分競合も少ないし、ターゲットも絞れる、そういう単語。
上の分析結果について考えてみると、ビッグワードで検索してくる人と、スモールワードで検索してくる人で、行動様式が異なるということはいえるでしょう。あるいは、ビッグワードで検索する際と、スモールワードで検索する際の、検索の目的が異なる。つまり、ビッグワードで検索する場合は「サイト」を求めて検索するのに対して、スモールワードで検索する場合は「情報」を求めて検索する。最近流行りの言い方で言うと、ビッグワードがweb 1.0的、スモールワードがweb 2.0的といった感じ。最初に書いた例だと、個人サイトの静的なリンク集が前者、ニュースサイト系の爆撃は後者のパターンですね。
最近はロングテールとかいうのが某界隈なんかではよく言われています。少数の人気商品の売り上げの合計よりも、売れてない沢山の商品の売り上げの合計の方が多い、という話。SEOに当てはめると、ひとつのキーワードではアクセスの多いビッグワードでサイトに来る人よりも、ひとつのキーワードでは一日一人ぐらいしか来ないスモールワードでサイトに来る人の方が、合計すれば数が多くなる。しかし、SEOについて考える際には、ビッグワードとスモールワードの質的な差異と、その差異のもたらす閲覧者の行動パターンの差異について考える必要があるでしょう。
んで、そこまで分かったとして、サイトの管理人としてどうするのか、という話。X-NaviとかErogame Scapeから来る人、あるいはブックマークから来る人に対しては、、新しい更新が成されたことがすぐ分かるようにする必要がある、と。更新情報を分かりやすいところにどーん、と出したり。検索エンジンで来る人は大体2タイプある。ビッグワードで来る人に対しては、サイトを見て回りやすくする、つまりスムーズで的確なナビゲーションが必要。blogのデザインは新しい更新はわかりやすいものの、このへんが絶望的に最低ですね。スモールワードで来る人に対しては、スモールワードごとにページを区分けして、必要な情報にじかに飛んでこれるように検索エンジンがそれぞれのページがインデックスすることを祈りつつ、他のページや関連する情報を見てみたいという欲望を喚起する仕掛けが必要。さらに言うと、常連ぐらいしか見ない雑記にこんな気合の入れた記事を書いてもしょうがないので、気合の入った記事は分かりやすい形でまとめてやる必要があります。
こんな感じですかね。まあ、ClickFlowは色々と面白いので、apacheのログを持ってる人は遊んでみるとよいかと思います。
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2006年02月10日
HELLSING DVD
『HELLSING DVD』届きました。というか、昨日まで予約していたのを忘れていたんですが。アニメ版ヘルシング。内容的にはアンデルセンが出てくる話まで。とりあえずセラスがエロいとか、走って逃げる女吸血鬼が笑えるとか、そういう感じ。
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2006年02月09日
『レイプ!レイプ!レイプ!』プレイ中
『レイプ!レイプ!レイプ!』(わるきゅーれ)プレイ中。DLサイトなんかには先週からきてたんですね……んで、内容的には相変わらずかなりあほな感じです。エロいしよいのではないかと。
bk1・デジパ吸収合併
二つの統合ニュースという記事。内容はリンク先参照ですが、意外というか不意打ちというか。このへんもなかなか大変だなぁ、といった感じ。
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2006年02月08日
『Another Dimension』情報
たっちーの新作『Another Dimension』の情報ページが出来てます。内容的にはよくある閉鎖空間モノといった感じですかね。今回はシナリオ重視らしいです。主人公の友人に立川というのが出てきますが、これはやはり『最狂』や『狂性奴』に出てきたあの立川と関係があるんでしょうか。過去作との絡みで気になるのはそのへんということで。
小説の最も人気の書き出し
100 best first lines from novelsという記事。日本文学だと「我輩は猫である」とか「トンネルを抜けると……」なんかが有名ですが、上記の記事で一番になっているのはメルヴィルの『白鯨』の有名な冒頭、「イシュメールと呼んでくれ」というやつ。二番目がジェイン・オースティンで、三番目がピンチョン。というか、ピンチョン人気が高いですね。冒頭文で印象に残っているのは、個人的にはダンテの『神曲』が一番ですが、あれは小説ではないので入ってないんですね……
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2006年02月07日
そういえば最近漫画の感想書いてないような
ということで、まとめて。というか、『クレイモア』の今月分の展開がえらいことになってたんで思い出したんですが。
『ネギま』はロリちう露骨すぎ。亜子は誰だっけ? みたいな感じですが。『ヘルシング』はアンデルセンが死ぬところまで進めなかったんでしょうか。表紙が何ともうら寂しい。『クレイモア』は死亡フラグ立ってたキャラがことごとくお亡くなりになって唖然。女版ベルセルクだということをすっかり忘れてました。
もう一ヶ月ぐらい前ですが、岡本倫のサイトに『エルフェンリート』の裏話が出ています。ナナが最初は予定に無かったとか、マリコの「みゅ?」が行き当たりばったりだったとか、なかなか興味深いというか、変な話。マリコの話は当時本当に衝撃的な展開でしたが、本当に行き当たりばったりだったとは……人生分からないものです。
ただそこに重ねられる解釈
最近は久しぶりにフォークナーの『響きと怒り』を読んでいます。読み返すたびに新しい陰影を持って感じられるような作品というのはやはり多くなくて、アメリカ文学ではこれとメルヴィルの『白鯨』ですかね、代表的なものは。
『響きと怒り』は南部の旧家であるコンプソン家の没落を書いた作品です。当時流行っていたいわゆる「意識の流れ」の手法によって書かれた作品で、言葉を理解しない白痴ベンジーの心理の動きをカメラアイのような描写で追った第一章と、自殺直前のインテリ青年クェンティンの心理を分析した第二章が非常に有名。私も最初に読んだときはベンジーとクェンティンのインパクトにやられました。
今回読み返して思ったのは、ジェイソン・コンプソンが語り手である第三章が意外と面白いということ。第一章、第二章のインパクトと比べると、ジェイソンの語る第三章はいかんせん地味な感じがします。この章は普通のジェイソンの一人称ですし、ジェイソンは即物的というかリアリスティックなタイプの人間で、この作品の中の言い方を借りればコンプソン的=悲劇的な人間ではない。実験的手法をこれでもかというほど詰め込んだ第一章、第二章と比べて、やはりあまり魅力的ではなかったし、ジェイソンもいうなれば普通の俗物です。
しかし、そんなジェイソンも、もちろん何もかもが金勘定だと思っているわけではない。彼には彼なりの悩みがあって、彼なりの仕方で自らの運命に抗っています。その有様は、例えば作中では絶えざる頭痛などによって、まあ描かれているわけですが、ジェイソン自身は基本的にそんなことを語りたくないわけです。だから、隠す。「意識の流れ」の手法で書かれた作品においては、語り手は自らが語っているという意識は無い、というのが前提ですから、意識的に起こったことを書かないということはやらないわけです。もちろん、無意識的に語られないこと、ベンジーが泣いたとか、クェンティンが妄想にふけっていて現実のことの描写がろくに成されないまま進む、とか、そういうことはありますが、ジェイソンは語りたくないことを意識的に隠す。そして、フォークナーはそれを、ジェイソンがここで意識的に隠しているのだ、というのが分かるように書く。
そういうことを考えていくと、ジェイソン・コンプソンの章は意外と味わい深い。直接的に悲劇的なベンジーやクェンティンと比べて、ジェイソンは屈折し間接的であるだけ悲劇は相対化され散文的になる。クェンティンがスティーブン・ディーダラスタイプだとすると、ジェイソンはレオポルド・ブルームタイプですね。即物的かつ散文的であるがゆえにこそ偉大なる凡人の系譜。
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「作者の意図」に気をつけろ!
殺しても殺してもよみがえってくる「作者」の番外編みたいな話ですが、何かとタイムリーなので。
まあ、単刀直入にいきましょう。エロゲーでも何でも、作者に意図があるのは当たり前ですが、作者の意図が云々とか指摘する類の批評はあまり信頼してはいけません。それは、ただ単に読み手の幻想を脳内作者、受容美学だとimplied authorとかいうでしょうが、に投影しているだけの代物である可能性が高いからです、というか、99.98%そうです。読者が想定する作者は基本的に読者の脳内作者なので、その意図は基本的に脳内作者の意図であり、結局読者の意図です。つまり、作者の意図と称して自らの妄想を披瀝しているだけだと考えるのが吉、さらにいえば、「作者の意図」は読者の妄想設定をあらわすためのレトリカルな表現と考えるのが吉です。
典型的な例がこれ。
私が思うに、ダニエル・デフォーはリアリズムを逸脱しているなどということは百も承知で、あるいは歯牙にもかけずに詳細な描写をあえて行っている。
想像力のリアリズムに私が最近書いた文章ですが、実際のところ、デフォーがどう考えていたのかなんか、基本的に知ったこっちゃありません。というか、分かるわけありません。それを承知しつつ、さらに踏み込むというのは、作者の意図に対して、ではなく、自らの心理の内奥に対して一歩踏み込むということなのではないか、と。んで、作品の読解において重要なのは、結局そういうことなのではないかと。『響きと怒り』の感想は、そういう点で、例のErogame Scapeの話への私なりの応答を意図して書いたものでもあります。
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2006年02月05日
『姫巫女』レビュー
『姫巫女』レビューアップしました。短かったのですぐ終わりました。続編ありそうな予感。
カラスになるべきか、死ぬべきか、それが問題だ
私は『智代アフター』どころか『CLANNAD』自体未プレイなので、何か荒れてるなぁ、としか思ってなかったし、一連の騒動はそもそも読んでなかったんですが、のり氏の『智代アフター』評があまりに感動的なので、とりあえず騒ぎだけ読んでみた。
解釈についてはまあ読んでないのでよくわかりませんが、とりあえず気になったことがひとつ。それは、主人公が死んだということが問題にされている点。というのも、もう既に記憶があやふやですが、確か『Air』では主人公はカラスになって物語の枠外に弾き飛ばされてたんですよね。そして、観鈴は大切な人のことすら思い出せなくなった。んで、このタイトルの問い、カラスになるべきか、死ぬべきか、それが問題だ、というか、問題なのか、という話になる。というか、『Air』はOKなのか、という話。というか、それだけというか、タイトルを思いついただけ、という落ち。
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2006年02月03日
『姫巫女』進行中
『姫巫女』(RaSeN)進行中。ゴスロリ着衣脱糞とか非常にイカしてますね、さすがRaSeNです。ただ、何かあっけないしゲーム自体すぐ終わりそうな雰囲気。
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想像力のリアリズム
ダニエル・デフォーに『ロビンソン・クルーソー』という有名な小説があります。第一部は誰もがよく知るように、難破して無人島に漂着した主人公が、原住民を奴隷にして植民地開発をした上でイギリスに戻ってくる話。第二部は平凡な生活に飽きた主人公が再び無人島に顔を出しにいき、さらにはインド・日本・中国・ロシアを経由してイギリスまで世界旅行をする話。第三部は年老いたロビンソン・クルーソーの回想録、という風になっています。普通、よく読まれるのは第一部、岩波文庫の翻訳に入っているのが第二部までです。第三部の翻訳は出ているのかどうかよく知りませんが、まあ、読む人は普通いないのでどうでもいいでしょう。
『ロビンソン・クルーソー』は18世紀にイギリスのジャーナリストによって書かれて以来、本当に様々な解釈をされてきました。近代小説の先駆者であり、プロテスタンティズムの発露であり、帝国主義のイデオローグであり、資本主義的ブルジョワであり、そしてオリエンタリストであるロビンソン・クルーソー。この前、ペラペラ捲っていて気になったのはこういう部分。
第二部の最初のあたり、ロビンソン・クルーソーは自分の植民地の島と、そこに残してきた人々(スペイン人の紳士何人かと荒くれ者のイギリス人たちと原住民)のことが気になって仕方がない。もういい年だし妻子もいるし、いい加減にしろといった感じなんですが、ついには、植民地の島に残してきた連中が散々苦労を訴えかける夢まで見てしまう。そして、こういうことを彼は考える。
こういったことは、私の聞いたこともないことであったし、また事実、必ずしも全部が本当のことでもなかったが、何しろ私の想像力は激しくかきたてられ、その切実さがひしひしと身にこたえたものだから、現実に二人に会うまでは、一切が本当なのだ、いや本当にちがいないのだ、と思いこまざるをえなかった。
岩波文庫版の解説にもありますが、小説なんていう文芸ジャンルは18世紀には成立してないようなものでしたから、基本的に嘘っぱちの話なんか誰も読みたいと思わないわけです。だから、この『ロビンソン・クルーソー』にしろ『ガリヴァー旅行記』にしろ、あたかも本当に起こったことを書きとめているかのような形式をとった上で、色々と嘘っぱちの物語を発表することについて言い訳めいたことを書く。まあ、どれだけ言い訳してもどう見ても虚構の話です。デフォーは、この作品は教訓を元にしたたとえ話だから虚構でもいいのだとか何とかいうわけですが、明らかにその言い訳は苦しい。
現代の私の立場から見た場合、そのような言い訳よりもむしろ、上記に引用したような一文、激しくかきたてられる想像力により、一切が本当のことに違いないと思い込んでしまう、そういう想像力の働きということに関心が向きます。ロビンソン・クルーソーは近代的ブルジョワとか言われますが、実際は中産階級に甘んじることを肯んぜず船に飛び乗り、難破し無人島に流されるということを繰り返し、安全になってもさらに船に乗り込むという某「イラクの三馬鹿」も平謝りになるくらいのろくでなし野郎なわけです。彼に特有なものといえば、類まれな想像力と無謀としかいいようのない行動力ぐらい。
上記の箇所のあと、結局、植民地に戻った彼は現地に残ったスペイン人から話を聞いて、彼らの生活の顛末を物語るわけですが、ここがまた凄い。入植者たちと、どこかの島からやってくる原住民の戦争について、用意した武器の数に至るまで事細かに描写する。こういう部分は、第一部のロビンソン・クルーソーの生活においてもあって、普通はいかにも近代ブルジョワ的で即物的なリアリズムとかいわれるわけですが、私にはほとんどリアリズムの範疇を逸脱しているようにしか思えません。ロビンソン・クルーソーの生活の部分はまだ、彼が色々と記録していたという記述もあるので納得できますが、入植者達の戦争については、数年前に起こった事件の聞き書きなわけで、そんな詳細が分かろうはずもない。
私が思うに、ダニエル・デフォーはリアリズムを逸脱しているなどということは百も承知で、あるいは歯牙にもかけずに詳細な描写をあえて行っている。聞き書きのために細かいことなど分かるはずもないが、その話から激しく想像力をかきたてられ、"つい"詳細を想像してしまった、そういう想像力の、語りのエネルギーみたいなものを感じる。そして私は、そういう想像力の機能こそが実はリアリズムの本質なのではないかと思うのです。
この辺の話はアリストテレス以来まあ色々あるわけで、私も結論めいたことはそんなに言えません。近代小説におけるリアリズムという話をする場合、普通は写実主義、つまり現実をありのままに客観的に書くリアリズムから心理主義、それぞれのの人によって世界の見え方が変わるという主観的なリアリズムに19世紀から20世紀にかけて位相が移ったといわれるし、概ねその通りのわけですが、その二つの側面というのは、最初から常に意識されている問題でもあった、と。とりあえずこの辺でおしまい。
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2006年02月02日
『ゴア・スクリーミング・ショウ』レビュー
『ゴア・スクリーミング・ショウ』レビューアップしました。今年一発目がこれということで、なかなか幸先がいい。
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『姫巫女』プレイ開始
無事オフィシャル通販で届いた『姫巫女』(RaSeN)。『姦禁 〜18の穴 もう注ぎこまないで〜』(KLEINシロップ)はパッチ待ちということで、こちらを始めてます。今回も包装にははっきり「姫巫女」と書かれていました。内容的にはまだそんなに進んでないですが、今のところ体験版通りバッドエンドは淡白。
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ファミ通レビュー化する世界
ブログでは「褒め上手」がトクをするという記事。まあ、ガキじゃあるまいし、商品のPRイベントなんかに呼ばれてもうれしくないとかありますが、それなりに実感はある話。というか、それは口コミというよりサクラなんじゃないかとか色々。
しばらく前にPassion For The Futureのひとが書評力:6万クリックのユーザ行動解析 営業力のある書評とは何か?という記事にこう書いている。
結局のところ販売数上位には共通して絶賛するセンテンスが入っている。これがキラーセンテンスでした。
結論:本当に買ってもらいたいときには手放しで絶賛すること。
当たり前といえば当たり前なんですが、うちでも高い評価を付けているゲームはやはり時間が経ってもクリックが多いし、Amazonなんかでも売れていますね。一億総ブロガー時代は一億総ファミ通レビュー化時代ということでしょうか。あほらし。



