2006年02月03日
想像力のリアリズム
ダニエル・デフォーに『ロビンソン・クルーソー』という有名な小説があります。第一部は誰もがよく知るように、難破して無人島に漂着した主人公が、原住民を奴隷にして植民地開発をした上でイギリスに戻ってくる話。第二部は平凡な生活に飽きた主人公が再び無人島に顔を出しにいき、さらにはインド・日本・中国・ロシアを経由してイギリスまで世界旅行をする話。第三部は年老いたロビンソン・クルーソーの回想録、という風になっています。普通、よく読まれるのは第一部、岩波文庫の翻訳に入っているのが第二部までです。第三部の翻訳は出ているのかどうかよく知りませんが、まあ、読む人は普通いないのでどうでもいいでしょう。
『ロビンソン・クルーソー』は18世紀にイギリスのジャーナリストによって書かれて以来、本当に様々な解釈をされてきました。近代小説の先駆者であり、プロテスタンティズムの発露であり、帝国主義のイデオローグであり、資本主義的ブルジョワであり、そしてオリエンタリストであるロビンソン・クルーソー。この前、ペラペラ捲っていて気になったのはこういう部分。
第二部の最初のあたり、ロビンソン・クルーソーは自分の植民地の島と、そこに残してきた人々(スペイン人の紳士何人かと荒くれ者のイギリス人たちと原住民)のことが気になって仕方がない。もういい年だし妻子もいるし、いい加減にしろといった感じなんですが、ついには、植民地の島に残してきた連中が散々苦労を訴えかける夢まで見てしまう。そして、こういうことを彼は考える。
こういったことは、私の聞いたこともないことであったし、また事実、必ずしも全部が本当のことでもなかったが、何しろ私の想像力は激しくかきたてられ、その切実さがひしひしと身にこたえたものだから、現実に二人に会うまでは、一切が本当なのだ、いや本当にちがいないのだ、と思いこまざるをえなかった。
岩波文庫版の解説にもありますが、小説なんていう文芸ジャンルは18世紀には成立してないようなものでしたから、基本的に嘘っぱちの話なんか誰も読みたいと思わないわけです。だから、この『ロビンソン・クルーソー』にしろ『ガリヴァー旅行記』にしろ、あたかも本当に起こったことを書きとめているかのような形式をとった上で、色々と嘘っぱちの物語を発表することについて言い訳めいたことを書く。まあ、どれだけ言い訳してもどう見ても虚構の話です。デフォーは、この作品は教訓を元にしたたとえ話だから虚構でもいいのだとか何とかいうわけですが、明らかにその言い訳は苦しい。
現代の私の立場から見た場合、そのような言い訳よりもむしろ、上記に引用したような一文、激しくかきたてられる想像力により、一切が本当のことに違いないと思い込んでしまう、そういう想像力の働きということに関心が向きます。ロビンソン・クルーソーは近代的ブルジョワとか言われますが、実際は中産階級に甘んじることを肯んぜず船に飛び乗り、難破し無人島に流されるということを繰り返し、安全になってもさらに船に乗り込むという某「イラクの三馬鹿」も平謝りになるくらいのろくでなし野郎なわけです。彼に特有なものといえば、類まれな想像力と無謀としかいいようのない行動力ぐらい。
上記の箇所のあと、結局、植民地に戻った彼は現地に残ったスペイン人から話を聞いて、彼らの生活の顛末を物語るわけですが、ここがまた凄い。入植者たちと、どこかの島からやってくる原住民の戦争について、用意した武器の数に至るまで事細かに描写する。こういう部分は、第一部のロビンソン・クルーソーの生活においてもあって、普通はいかにも近代ブルジョワ的で即物的なリアリズムとかいわれるわけですが、私にはほとんどリアリズムの範疇を逸脱しているようにしか思えません。ロビンソン・クルーソーの生活の部分はまだ、彼が色々と記録していたという記述もあるので納得できますが、入植者達の戦争については、数年前に起こった事件の聞き書きなわけで、そんな詳細が分かろうはずもない。
私が思うに、ダニエル・デフォーはリアリズムを逸脱しているなどということは百も承知で、あるいは歯牙にもかけずに詳細な描写をあえて行っている。聞き書きのために細かいことなど分かるはずもないが、その話から激しく想像力をかきたてられ、"つい"詳細を想像してしまった、そういう想像力の、語りのエネルギーみたいなものを感じる。そして私は、そういう想像力の機能こそが実はリアリズムの本質なのではないかと思うのです。
この辺の話はアリストテレス以来まあ色々あるわけで、私も結論めいたことはそんなに言えません。近代小説におけるリアリズムという話をする場合、普通は写実主義、つまり現実をありのままに客観的に書くリアリズムから心理主義、それぞれのの人によって世界の見え方が変わるという主観的なリアリズムに19世紀から20世紀にかけて位相が移ったといわれるし、概ねその通りのわけですが、その二つの側面というのは、最初から常に意識されている問題でもあった、と。とりあえずこの辺でおしまい。
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