2006年09月02日
『涼宮ハルヒ』と構造的ツンデレ論
おおむねブームは過ぎ去ってる感じですが、思いついたことがあったので。『涼宮ハルヒ』を語る三人のキョンを書くために『憂鬱』を読み直していたときに、妙に気になるフレーズがあったんですよね。冒頭付近のこの一節。
こうして俺たちは出会っちまった。
しみじみと思う。偶然だと信じたい、と。
普通に何も考えずに読むと、ハルヒと出会って毎日くそ大変だから、運命なんかであってたまるか、という建前のキョンお得意の持って回った韜晦です。しかし、以前指摘したようにこの部分が「高校を卒業した後、あるいは少なくとも『涼宮ハルヒ』という作品群において語られるべき物語が全て終わった後の時点」で語られたものであると想定した場合、それとはまったく異なる読み方が可能になります。
涼宮ハルヒは世界を思うがままに変容させる能力を持っています。そのため、少なくともハルヒの周囲は彼女に都合がいいように出来上がっていて、宇宙人とか超能力者とか未来人とかが集まってくる。ですから、彼女の変態能力で集められた(と少なくとも彼ら自身は信じている)宇宙人とか未来人は口をそろえて、涼宮ハルヒの行動には必ず意味があり、キョンが選ばれたのにも必ず理由がある、という風にいいます。まあ、超能力者は素直なのか何なのかよくわかりませんが、「あなたが一番の謎なんです」とかいってますが、どちらにしてもハルヒの行動には必ず意味があり、その結果としてSOS団のメンバーが集められているという前提に立った謎に他なりません。
もちろん、キョンはけったいな因果に巻き込まれるのは御免ですから、そんな理由などは存在しないという風に嘯きます。実際のところ、彼自身が殺されかけたりといった厄介ごとさえなければ、他人事のままですんだはずなわけです。しかし、彼は朝倉に殺されかけ、ついにはハルヒと二人で閉鎖空間に閉じ込められる。ここまでくると、彼自身、自分が「涼宮ハルヒに選ばれた」ということを考えざるを得ない。そして、キョンは決断を下します。
「あんたは、つまんない世界にうんざりしてたんじゃないの? 特別なことが何も起こらない、普通の世界なんて、もっと面白いことが起きて欲しいと思わなかったの?」
「思ってたとも」
(中略)
「あのな、ハルヒ。俺はここ数日でかなり面白い目にあってたんだ。お前は知らないだろうけど、いろんな奴らが実はお前を気にしている。世界はお前を中心に動いていたと言ってもいい。みんな、お前を特別な存在だと考えていて、実際そのように行動してた。お前が知らないだけで、世界は確実に面白い方向に進んでいたんだよ」
ハルヒの決定的な一言に対して、キョンはすでに以前のような他人事、たとえば彼氏でも作って遊べばいいとか、そういうありきたりな常識をいう事が出来ない、ということに注意しましょう。ありきたりな常識を吐くだけなら誰でも出来るわけですし、実際、ハルヒと出会った頃のキョンは彼女の破天荒さに対して、彼氏を作って遊べとか、運動部にでも入れとか常識的なことを普通に突っ込んでいたわけです。しかし、キョンはそのような当たり前の結論を退けます。それは、彼がもともと非日常にあこがれていた、というのもありますが、それ以上に、未来人や宇宙人や超能力者とかかわることによって、世界が「常識的な形」には出来上がっていないという現実を知ってしまった、ということが大きいでしょう。キョンが「涼宮ハルヒに選ばれた」ことを認めるということは非日常的に出来上がってしまった世界を認めるということであり、朝比奈みくるが未来人であり長戸有希が宇宙人であり小泉一樹が超能力者であることを認めるということと同義です。それはただの現実認識ではなく、非日常的な存在である彼らに関わった責任を背負うことでもあります。
端的に、この場面で対比されているのは「日常」と「非日常」ではなく「現実」と「幻想」であり、彼の下す決断は現実に対する倫理的な判断に他ならないといえるでしょう。ちなみに「現実」と「幻想」の対比は、この場面とは逆に「日常という幻想」を退ける立場から『消失』において繰り返されることになりますが、それはまあ余談。それはともかくとして、キョンの決断により奇妙な転倒が発生します。それは、涼宮ハルヒを受け入れるということが、涼宮ハルヒの提示する幻想の世界を拒絶することに他ならないということです。つまり、ハルヒを拒絶することによって初めてキョンはハルヒを受け入れることが出来るという転倒。
ここで、改めて冒頭に引用した一節に戻ってみましょう。
こうして俺たちは出会っちまった。
しみじみと思う。偶然だと信じたい、と。
キョンは涼宮ハルヒには世界を好き勝手に改変する能力があると知っている。さらに自分が涼宮ハルヒに選ばれた存在であるということも知っている。そのような前提において、「偶然だと信じたい」と語ることにどのような意味があるのか。あるいは神が存在する世界において「偶然」とはどのような意味があるのか。まあぶっちゃけた言い方をすると、それは要するに自由意志の問題というやつです。涼宮ハルヒが神であり、彼女を中心とした因果が存在したとしても、自分とハルヒが出会ったのは偶然であり、自分がハルヒを受け入れたのは自由意志の問題であるとあくまで主張すること。そうすることによって初めてキョンはハルヒと対等な立場に立つことができ、彼女と思いを通わせることが出来る。ここに見出されるのは、先ほど見たのとまったく同じ構造的ツンデレとでも呼ぶべき転倒の形です。
簡単にまとめると、『涼宮ハルヒ』について語ったりする場合、ハルヒはツンデレだとか、いや、キョンこそツンデレだとかいったりするわけですが、実際のところ、その態度は『涼宮ハルヒ』という作品の構造が要請しているものであり、構造的ツンデレとでも呼ぶべき一種の転倒に他ならないのです。
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