蒼海に堕ちて…
この作品「蒼海(うみ)に堕ちて…」という物語は、普通に発売されている作品ではない。ちょっと前まで、ALICESOFT製の作品に同梱されていた「ALICE CD(Ver.1.00~2.00)」に収録されていた小作品の一つ(具体的には、初回出荷版の「ぱすてるチャイム」から「PERSIOM」まで)。現在発売されている廉価版には収録されていないため、プレイするにはちょっと手間がかかる。
ジャンルはビジュアルノベル。システム周りはおまけとして作成されたに相応しいと言うか、ボイス無し、シーン回想無し、CG回想無し、BGMはMIDI音源、セーブ機能は実質たった一つ………というタイプ。プレイ時間は、おおよそ1時間~2時間程度。選択肢など一切無い“読むだけ”の作品である。
シチュエーションは、養父娘相姦・レズ・自慰・男×2&ヒロインのサンドイッチ・半強姦・和姦。基本的に、各シーンに対してCG一枚(ただし、和姦だけフェラ含んで計2枚)なので、イベント絵を含んでの総CG数は推して知るべし。Hシーンの尺は短め。つか、ALICESOFT作品全般に言えるように、盛り上がってきたところでブラックアウトすることもあるし、射精までのテキストが早漏気味だったりするので、絶頂までの描写は、必ずしも満足できるように書いている訳ではない。
さて、ここまで書いて興味がない人は、この先は読まなくても良い。今から書くのは、そんなシチュエーションがエロいと思ってしまった人の感想。全体な話が良くできている訳でもないのに、養父娘相姦から、なぜか純愛まで行ってしまった自己完結な話が妙にエロくて、興奮してしまって、味があって。いまだに大切にしている男の独り言でしかない。もし、読み進めて頂けるならば、何でこんな話が好きなのか?………それを考えながら読んで貰うとありがたいと思う。
物語の舞台は、主人公・楠征司が乗る太平洋横断単独航海中のヨット。航海中、征司は飛行機事故の現場に遭遇し、ただ一人の生存者であった少女を助け上げる。少女が父と呼ぶ人は既に無く、少女に遺されたのは幾つかの荷物のみ。それすら捨て去ろうとし、「本当に、父は死んだんですよね?」と繰り返す少女の心情は何を示すのか。孤立するヨット上で心揺れる征司と、父の死で「解放されたんだから」と言いつつ過去に囚われる少女。物語は、この心情の動きを、ヒロインたる笠原夏奈美の回想と、征司と夏奈美とのやりとりだけで描いていく。
モラトリアムは誰にでもあって、それなりに皆、苦しんでいたと思う。エロゲーの場合、そのプレイヤー層はその真っ直中である人も多いだろう。それを抜け出すのは、いつだっただろうか?………多くの人は、仕事始めて夢中でこなしている内にだとか、親から経済的に独立した時と言うかも知れない。あまり感じない人は、ハッキリとそう言える人に羨ましさを感じるかも知れない。その幾つかのパターンで最も幸福な終わり方を挙げるとすれば、こういうパターンはどうだろうか。
愛する人ができた時………と言うのは。
クサイ台詞であることは指摘されてなくても分かっているけど、この物語はそんな終わり方をする。親の七光を否定していた男が惚れた女のために我を折り、生きる目的を「共に生きること」に切り替える。生き方を“迷わされた”女が生きる指標を見つけて、生きる目的を「共に生きること」に切り替える。要は傷の舐め合い、相互依存関係。物語の筋は、ヒロインが堕ちていく様を描き、次に主人公とヒロインが、互いに意識して肉体関係に溺れ、最後は双方に愛情を感じていく……で終わる。
この流れ全体に「それが恋愛かよ?」とツッコミを入れる人もいるだろう。「寝取られ」というジャンル分けがあって、それを嫌う人も多い。そんな人には、この物語の流れは、ある意味、嫌悪感をもたらすものであるかも知れない。そんな人に少し尋ねておきたいのは、「寝取られたヒロインは幸せになってはいけないのか?」と言うこと。寝取られたヒロインには、そんなに価値がないのか、不幸にならなければ徹底されていないと言うのか。それは違う。どんな愛し方、愛され方でも、他人にそれを評するべき資格は本来は無い。後述するが、この作品で出てくる登場人物達には、それなりに“自分の愛し方”があった。それが追憶的なものであれ、愛玩的なものであれ、欲情的なものであれ、その“愛し方”がヒロインにはどう思われていたかの差でしかない。ただ、ヒロインが欲情に堕ちながら求めたのは、たぶん、普通の愛され方だった。不器用でも気持ちを思いやって、相手のことを考えて。私たちの多くが“恋愛”としてイメージする“それ”が、どんなに幸福であり、当たり前だけ大事なことなのか、この物語は暗喩的に問うている。
その日、その男は夏奈美が知っている[父親]でいることを辞めた。
反面、この言葉から始まる、快楽へ堕ちるシチュエーションは、扇情的。丁寧に描かれた前戯から破瓜までの描写と、セックスと事後の淡泊さという描写の差を何と見るかはともかく、無条件に父親を信頼する娘を裏切って女として扱う男と、娘だった少女が快楽に溺れていく様で紡がれる、微妙な切迫感が良い感じに出ている。ここで書き手は、男の行動に対して執拗に“父親”というキーワードを使い、愛撫の時点で“男”へ切り替える。それは、夏奈美が父親に性愛を抱くポイントは何処なのかを示していると言って良いだろう。
『や、はあッ……あ、い、痛い、けどでも、ッ……が、我慢、できます――』
物心付く前に引き取り、娘として育てた少女を抱いて翻弄し、ここまで言わせる。一つの夢であり、大事なモノを汚しながら、妙に感じる悦びは誰にでもあるはず。だが、男にとって、夏奈美を抱いた行為は代換行為でしかなく、それ故にその愛し方は歪んでいた。
『楠さんが謝ることは、ないです。むしろ――』
……死んでくれて良かった、そうだろうか、それとも……。男が何を夏奈美に求めたのかは分からない。娘の母を想って娘を汚し、他人に与えその堕ちる様を眺める。夏奈美にとってみれば、男との情事は“汚れていた”……が、同時に想ってもいた。だから、夏奈美が思う“汚れ”とは即ち自分自身でしかなく、それを強制した父親たる男を憎んでも逃げられない。「私の血……私の肉。愛しい貴方ともう一度逢いたい。……逢えますように」と、かつて、父親に愛された実母の執念が娘を絡め取る。しかし、その大事な娘の前で平然と別の女を抱く男の行為に、夏奈美はその想いを絶望へ転じさせ、それでも彼女が堕ちる勢いは止まらない。
夏奈美が以前抱いていた[男性への幻想]を、征司という男を通して[幻想ではない]と確認したかった。
――獣ではない[男]を、夏奈美は知りたかった。
『でも――私は』
夏奈美は、征司に背を向けた。
『私は――獣でしか、ない――の』
想った相手は父親で、純潔を奪われた相手は父親で。抱かれることに快楽を感じ、自分を汚れていると思いこむ。
対して、征司はどうだったか。
『ねえ、征司。いいひと、って言われるのが褒め言葉だと思っているでしょう。それって、侮蔑の意味が含まれていることの方が多いのよ。特にこういう時――私の方から抱いて下さい、なんて言えると思う? 彼女を引っ張っていけるような強い男が[いいひと]でいられる筈はないの。本当に私のことを思ってくれるなら、ちょっとくらい我が儘に振る舞ってくれてもいいんじゃない?』
その言葉を女のエゴと取るか、男への要望と取るか。
――征司には、エゴに聞こえた。
征司は征司で悩んでいた。何となく覚えがある人もいるかも知れない言葉。誰しもが恋愛上手でないし、相手の気持ちを思いやれば、臆病にもなるし、消極的にもなる。それが不満であれば女性は物足りなくなることもあるかもしれないし、それが拗れて別れるなんて、良くある事例と言えるだろうか。少なくとも、征司は夏奈美に一貫して優しくなろうし、自分の“獣性”……夏奈美への欲望を抑えようとする。それが、自分を“いいひと”と呼んで振った女の揶揄だったと思い起こしながら。
閉鎖空間で心身に不健康さを伴う男女二人。微妙に触れあう中、状況は刻一刻と悪化していく。ヨットの舵は壊れ、食料も水も限界へ近づく中で、抑えていた征司の欲情は強まっていく。そして、崩壊、交情。
これまで――。
これまで、私を抱いた人は――。
皆。
事を済ませば――。
私を。
捨てて。
私を、放り捨てて、去っていったんです。
躰だけじゃなくて――。
抱いてくれるんですね。
抱き締めて、くれるんですね。
私を。
こんな――汚い、私でも。
精を吐いた後でも。
私を。
私を、抱いてくれるのですね。
ここに至る経過は言うまい。個人的に……愛し方って何だろうなぁ……ふと、思ってしまう。行為の後に抱き合うということ、添い寝するということ。エロゲーの描写としてよくあり得て、だからこそ、おざなりになってしまうその光景は、少なくとも、夏奈美にとっては大きな意味があった。それは、ギリギリまで獣性を抑え、彼女に優しく接しようとした征司の今までの心遣いがあったからこそ、それが彼女の中で生きる。
[いいひと]と侮蔑された征司は、結局のところ、夏奈美にとっては理想の人。
それが、たまたま近くにいたという結果論だとしても、その価値は彼女にとっては絶対。征司が彼女に出会ったのは偶然だったとしても、この結末は必然。最初にこの物語の終わり方は“傷の舐め合い”だと言った。寂しさと汚さ。[いいひと]と父親に抱かれた少女。現実に揺れるモラトリアムと、モラトリアムすらなく非現実へ狂った時間。それは単なる弱さの発露でしかない。……でも、思う。夏奈美が、生きようとする意志を何処で見出したって、彼女の勝手だ。彼女は、父親の勝手で女としての悦びを引き出された。それからの脱却、そのスタートを決めるのは彼女でしかないとしても、それは彼女の“エゴ”。だが、その“エゴ”は、少なくとも征司だけには、彼が言葉にしなくても伝わる想いに喜びを見出すことで、彼女の“要望”として受け取られる。ならば、それは相互の意志が交流したと言うこと。……それは“愛し方”の一つなのではないのか?
壊れた舵は、なぜ直ったのか?……誰が彼らを呪縛し、彼らを苦しめていたのか。未練か、執念か、欲求か、罪悪感か。何にせよ、夏奈美にとって過去の遺物たる荷物を捨てたとき、夏奈美も征司も、その負の感情から完全に解放されていったと言える。……というか、父親を夏奈美が吹っ切るということ、完全な決別が、父親の妄執を断ち切ったと言い直すべきか。命の危機を感じギリギリまで自分を保とうとしたから征司は狂い、夏奈美は暴力的な“愛し方”に慣れていたから受け止められた。それは幸か不幸か、征司が「獣性」と呼び、夏奈美が「獣」と呼んだ、その互いの負い目が、彼と彼女を結びつけている。決して、暴力的であることが悪いのでもなく、消極的であることが悪いのでもない。人の嗜好に合うか合わないか、人を蹂躙しているかしていないか、その差のみが、少女と青年の「傍にいたいという想い」に繋がってくる。
それは、物語が、交情として描くセックスと、欲望の発露としてのセックスを比較しているからこそ……狂い様を、近親相姦・同性愛・乱交とインモラルでキチンと描いたから、和姦で夏奈美が感じた感動へ昇華する。どちらが現実に近く、どちらが正しいか何て言わない。ここで大切なのは、あくまで当事者達の感情でしかなく、結論から言えば、征司も夏奈美も和姦を選ぶ。
“傷の舐め合い”の何が悪い?……私は、そう思う。
ラストで征司は独白する。人は誰しも一人で生きられるほど強くないし、人に依存するのも当たり前のこと。人の好みは千差万別、愛する人を見出す“視点”も“経過”も違う。
――もう、何も出来ない臑齧りの一学生ではいられないのだ。
『いや……違うな』
一学生では、居たくないのだ。
こんな自分でも、誰かの支えになれるなら――。
夏奈美の、支えになれるなら。
無理をしてでも、背伸びをしてでも。
『変わってみせるさ』
生き方に迷った青年は半ばで航海を終え、代わりに得たのは、愛する人と生きるための目標。それは卑近で、人によっては価値がないと貶すだろう。親に頼んでコネで就職を得ようとすることそのものを、甘えだと否定するだろう。でも、現実に折り合い、今できる自分のベストの方策を考える。自己の社会における立ち位置を規定し、自分をそこに当てはめようと努力する。そこには、最早、就職活動にも無気力だった青年の影はない。自己の立ち位置を彼女との相対で見つける。……だから、これはモラトリアムの幸福な終わり方……私が感じてしまうのは、自分もそんな出会いがあったらという……あり得ない仮定を基にした……嫉妬混じりの爽快感と羨ましさなのである。
マイナスとマイナスが掛け合わされて結果的にプラスになる。そんな二人の弱さだからこそ、実った恋物語。
鬱と寝取られと……単純にカテゴリ出来ない……そんな余韻……苦味を感じて欲しい。
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